第16号

新会員からの寄稿

藝術の森

荒波結実

 私は今、藝大という刺激とエネルギーに溢れた場所で迷子になっている。様々な分野への好奇心に翻弄され、自分がどこに向かっているのか、何を目指しているのかが見えてこない。自ら演奏や制作をしているアーティストたちを横目に、自分は何も作り出せないのだろうかと、羨ましさや劣等感、窮屈さを感じてしまう。そのような中で私は自問自答を繰り返すのだ。 

「ここへ何しに来たの?」 

 楽理科を志した1番の理由は、自分が今まで学んできたことを最も無駄なく活かせると思ったからだ。特定の音楽の研究をしたいというような明確な目的を持ってやって来た人に比べるとかなり不純な動機かもしれない。しかし私にとって、音楽と勉強の双方を重視するという楽理科の特徴は重要であった。なぜなら私はこれまでずっと音楽と勉強の両立に力を注ぎ、時に苦しんできたのだ。その努力を無駄にはしたくなかったのである。どちらか一方に集中しようと試みたこともあったが、他方を切り捨てることは決してできなかった。どちらも大切な「日課」となっていたから。 
 しかしその「日課」という位置付けは今、私を悩ませている。日課は趣味や娯楽ではない。そして実際、単純に楽しいのはどちらかと言えば、趣味や娯楽なのである。 
 私の趣味は美術全般だ。これは幼い頃からの特技でもある。工作、絵画、料理、裁縫、写真などを日常的に楽しんできたが、それらはあくまでも趣味にすぎなかった。すべて独学であったから。このような人間が美校生を目にしたとき何を思うかは想像できるだろう。美術を学び作品を作ることに好奇心と羨ましさを感じ、本気で学んでみたいとさえ思ってしまった。もちろん、音楽への興味を変わらず持ち続けている中で、である。もう私の頭は飽和状態だ。

「ここへ何しに来たの?」 

 「夢を探しに来ました。」これが最も的確な答えかもしれない。
 私は今まで1つも明確な夢を持ったことがない。ピンとくるものが見つけられなかったからだ。でも、藝大でなら、夢が見られると思った。今私はおそらく、望み通り夢を探している最中なのだろう。迷子になりながらも何か形にしたいと足掻いている。ただし問題なのは、ここには夢の素になる種のようなものが多すぎて目移りしてしまうことだ。なんとも幸せな問題である。
 1つに絞れないならば全部やってしまえばいい、どちらにも興味があるのは自分の個性なのだから。欲張りだがそう考えてみると、この日々の悩みは多少軽くなる。今の自分がやってみたいことを言葉にするならば、「音楽と美術の要素を融合させた空間(演奏会や展示)を作ること」とでも言えば良いだろうか。私は演奏家や作曲家、美術家たちの持つような素晴らしい技術は持っていない。でもそれらを融合させた何か新しいものを観客に提供することならできるかもしれない…そんなことを考えてみたりもする。 
 実技系が多数を占める藝大において、楽理科として私に何ができるだろうか。その答えを出すのは、もうしばらく先、もっと広い世界を知ってからにしようと思う。鬱蒼とした藝術の森の中で、迷子を楽しむ心のゆとりと広い視野を持って、そのときを気長に待ちたい。


楽理科からのお知らせ

1.楽理科に残る卒業論文・修士論文について

 楽理科では、毎年提出される卒論・修論を、基本的にマイクロフィッシュ(今後はPDFファイル)で保管し、論文本体は執筆者に返却してきました。ところが、ゼロ室には返却されずに残った過去の卒論・修論があります。これらの取り扱いについて協議した結果、とくに古い時代の論文は執筆者にとって貴重なものと考えられるので、まずは卒業生の方々に呼びかけ、論文の引き取りを申し出ていただくことにしました。該当の方は、楽理科に直接取りに来ていただくか、着払いで送付するか、いずれかの方法をお選びください。

問い合わせ先:楽理科教員室 geidaigakuri@gmail.com

必ず、氏名、卒論・修論の別とその年度をお知らせください。送付を希望される場合は、現住所、電話番号も併せてお願いいたします。

2.楽理科アーカイブ構築に向けた資料寄贈について

 昨年の『楽楽理会通信』でもお知らせしましたが、2019年の学科創立70周年に向けて、およそ1970年代頃までの以下に該当する資料の寄贈を募っております。どうかご協力のほどお願い申し上げます。

楽理科主催行事のパンフレット・しおりなど(研究旅行、合宿、学内演奏会等)
・楽理科における活動(学生の自主的な活動も含む)に関連して作成、配付されたパンフレット・ちらしの類
・写真(できるだけ年代や被写体が特定されたもの)
・講義ノートや授業の配付資料(まとまって整理されているもの)
・校章(アカンサスのバッジ ※先着2名様までお受けいたします)
※恐れ入りますが、送料は各自でご負担願います。
※原則として楽理科に直接関係した資料に限定し、音楽学部や藝大全般にのみ関係する資料は除きます。
※卒業論文要旨集、楽理科住所録などの公式印刷物は在庫がありますので除きます(1964、67、70年度版の卒業論文・修士論文要旨集のみ、所蔵がありませんのでご寄贈頂けますと助かります)。
※重複が多く出た場合には、適宜処分させて頂く場合もありますのでご承知ください(その場合に返送をご希望の方はその旨お伝え頂くとともに、返送先のご住所を明記してください)。
※ご寄贈頂いた資料は、原則として将来、公開活用させて頂きます(活用方法につき特別なご希望がある場合はお申し越しください)。

送り先:〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8
    東京藝術大学音楽学部楽理科教員室
問い合わせ先:楽理科教員室 geidaigakuri@gmail.com


編集後記

 『楽楽理会通信』第16号をお届けします。とびきりの暑さの中、今年も恒例の学科説明会が7月21日に行われました。現在は、芸大でも全学を挙げてオープン・キャンパスを実施していますが、楽理科と音楽環境創造科とが合同で恐る恐る(?)初めての学科説明会を実施したのは、2006年のことでした。思えば隔世の感があります。
 本号は、学科からの報告、芝祐靖先生の文化勲章ご受章(芝先生は楽理科合宿に参加されたこともあります)の記事、上参郷祐康先生の訃報を掲載しました。また、卒業生の金子建志さん、星野厚子さん、新入会員の荒波結実さんにご寄稿いただきました。皆様、本当にありがとうございました。

発行:楽楽理会(会長・加納民夫)
編集: 土田英三郎、塚原康子、仲辻真帆、金志善、牧野翔
2018/07/31発行