第18号

 

楽理科からの報告

西間木 真(楽理科主任)

 令和2年度、東京芸術大学音楽学部楽理科は、学士課程24名、修士課程14名、博士課程4名の新入生を迎えた。実技科目の実施という音楽学部全体に関わる切実な問題もあり新年度の授業開始が遅れたが、楽理科では全ての授業をインターネットを活用した遠隔授業の形で実施することになった。戸惑いと不安の中ではじまった新学期であったが、大きな混乱もなく無事、前期日程を終えようとしている。

 在学生を対象としたアンケート調査の結果をみると、「通学の必要がなく時間を有効に使える」、「オンデマンド方式の授業では自分のペースで何度でも聞き直せるため、理解が深まった」、「教室の場合よりもパワーポイントが見やすい」、「配布資料を全てダウンロードできて便利」、「講義形式の授業は今後もこの形態を希望する」など、ポジティブな意見が圧倒的に多いように見受けられる。一方、「例年よりもレポートなどの課題が多く、授業の準備が大変だ」といった声も耳にする。いずれにしても遠隔授業をする立場からみると、通信上のトラブルで授業が中断することがままあり、受講生の忍耐強い理解と協力の上に授業が成り立っていることを強く感じる。

 今年度の遠隔授業の実施にあたっては、不安定な状況の中、授業をご担当いただいている非常勤講師の先生方に深く御礼申し上げます。また4月の下準備から授業の対応にいたるまで、先の読めない煩雑な作業を全て引き受け支えてくれている6名の研究助手の方々には、この場をかりて感謝の意を表したい。

 もう一つ、今年度の大きな変化は、4年ぶりとなる常勤教員の交代である。1982年以来、38年の長きにわたって楽理科を支えてこられた土田英三郎先生が2020年3月をもって定年退職され、代わって沼口隆先生が准教授として着任された。残念ながら、3月14日に予定されていた土田先生の退任記念最終講義と演奏会は新型コロナウイルス感染拡大防止のために中止となったが、今後の推移を見ながら他日を期したいと考えている。

 

楽理科の現状

2020年7月27日現在

講座編成

第1講座 体系的音楽学 教授(兼) 植村 幸生
    教授(兼) 福中 冬子
第2講座 西洋音楽史 教授 福中 冬子
    教授 大角 欣矢
    准教授 西間木 真
    准教授 沼口 隆
第3講座 日本・東洋音楽史 教授 塚原 康子
    教授 植村 幸生

学生数

  • 学部入学定員 23名
  • 学生総数 153名(学部104名、修士課程26名、博士後期課程20名、研究生3名)
  • 外国人留学生総数 17名
  学部           修士      
  学部1年 学部2年 学部3年 学部4年 学部5年 学部6年 修士1年 修士2年 修士3年 修士4年
総数 24 23 24 22 6 5 14 9 2 1
男子内数 6 6 6 1 1 1 6 4 0 0
女子内数 18 17 18 21 5 4 8 5 2 1
留学生内数 0 0 0 5 4

  博士             研究生
  博士1年 博士2年 博士3年 博士4年 博士5年 博士6年 博士7年 研究生
総数 4 3 3 6 1 2 1 3
男子内数 1 1 0 3 1 0 0 1
女子内数 3 2 3 3 0 2 1 2
留学生内数 1 2 1 0 0 1 0 3

 


ウイルス禍の中での着任

沼口 隆

 楽理科への着任が、新型コロナウイルスと切り離されて記憶されることはないだろう。随分と印象深い船出になってしまった。4~5月で出校したのはわずかに3日。研究室に行っても、あたりは静まり返っていて、あたかも忍び込んだような気分だった。担任を仰せつかった学部の新入生たちには一人として会えていないし、大学院のゼミですでに発表をしてくれた学生たちの中にも、顔を合わせたことのない人々がいる。画面上で見たことはあっても、本当の意味で会ってはいないのだ。5月まで、学生たちは一度も入構を許可されなかったが、学内にも入ることができずに「入学」などと言えるだろうか。

 しかし、私自身が楽理科に学んだ時代には、ワープロ専用機で論文を書いたり、フロッピーディスクが主要な記憶媒体だったりしたのだから、技術の進歩には目を見張るものがある。人文系の場合、多少の無理をすればウェブ経由でも授業は可能で、論文指導などにはほとんど支障がない。窮地に追い込まれたからこそ見えてきた景色もあるように感じている。

 ウイルス禍の状況で、行きかう情報の中には首を傾げたくなるようなものも多々あった。ウイルス自体のおどろおどろしい写真などは典型である。感染者数を知らせるのに、なぜ100万倍にも拡大したような電子顕微鏡の写真が必要なのか。見たものを分かったように思うのは大いなる誤謬だろう。真っ赤なイメージが拡散されたことも多かったが、あの色が本来のものであるはずもなく、何に由来するものかも説明が一切ない。ただ「怖いイメージ」を撒き散らしているだけなのだ。COVID-19という物珍しい言葉を、したり顔で「新型コロナウイルス」と同義に使っている人も大勢いたが、最後の“D”が“disease”の頭文字であることは調べればすぐに分かることで、ウイルスと同義であるはずがない。対象を正確に知らずして、対策などできるのだろうか。

 私は西洋音楽史学が専門だが、人文系の学問と真摯に向き合う大きな意義のひとつは、情報を正確に読み解こうと試み、常に批判的であろうとすることだろう。ウイルスに関しては全くの専門外なので、正確な判断ができているのか甚だ自信がないが、色々な情報を比較してみることで随分と冷静でいられているとは思う。こうした姿勢には、音楽学を修める中で身についたものも少なくないはずだ。学生たちとも、共に学び、音楽に関する知識を深めてゆくのは勿論のこと、どんな場面でも応用が利くような思考力を磨いてゆきたいと願っている。