第11号

卒業生より

上野からサンパウロへ―ブラジル移民の音楽史を書くまで

細川 周平

 ぼくは1988年から91年まで3年間、楽理科助手を務めていた。井上さつきさん、横井雅子さん、寺内直子さん、野川美穂子さんたちと同じ時期の勤務で、今から思うと錚々たるメンバーの0室だった。
 3年の任期を終えて半年後、ある奨学金を得て初めてブラジルに渡った。それがいろいろな意味で後半生の始まりとは当時気づかなかった。ブラジル行きのきっかけを作ったのは、1990年の正月、故郷で偶然出会った中学校時代の友人だった。アパートの管理人をやっているが、日系ブラジル人の出稼ぎが数家族住んでいて、日本語はたどたどしいし、こちらの言うこともよくわかってないようで弱ったもんだ。こんな話を聞いた。日系人出稼ぎ増加の報道は読んでいたが、実際に会ったことはなかった。好奇心が湧き、そのアパートに連れて行ってもらった。ちょうど部屋にいた人から初めて美空ひばりや五木ひろしがブラジルの日系人の間で人気があり、一世二世がカラオケで歌っていることを教わった。それが日系人の音楽文化に興味を持った瞬間だった。ブラジル音楽が大好きでいわば夢の国、助手の任期終了後、日系社会の中心地サンパウロに調査に行く計画書をある財団に提出し、うまく資金を得た。
 行く前には調査はほどほどに片付けて、後はサンバとサッカーに浸ろうと悪巧みを考えていたが、カラオケ教室や2日間合計30時間もかかるカラオケ大会を見学するうちに、なぜ日本の歌がこの人たちを熱狂させるのか、いつごろからどういう経路で伝わったのか、そういうことにがぜん興味が湧き、史料館所蔵の日本語新聞を通読しつつ、インタビューに出かけた。その結果が『サンバの国に演歌は流れる』(中公新書)だった。その過程で映画や心情、文芸にも食指を動かされ、毎年のようにブラジルを訪れ、『シネマ屋、ブラジルを行く』(新潮選書)、『遠きにありてつくるもの』(みすず書房)、『日系ブラジル移民文学』(みすず書房)を著すに至った。芸大を去った1991年にはこれほどブラジルに深入りするとは思っていなかった。芸大時代とそれ以降では興味の対象だけでなく、人生観も世界観もがらりと変わった。小さな偶然が人生を大きく変える。


新会員からの寄稿

楽理科に入学して

金 香穂(学部1年)

 ここ東京芸術大学に入学にして、早くも3カ月が経とうとしている。かねてから夢見た第一志望校に通う今、新しい生活環境にもすっかり慣れて、まさにどっぷり音楽に浸かる、とても充実した日々を送っている。普通科に通っていた私にとって、音楽に関する授業があるのはもちろん、空いた授業時間にピアノを練習し、夕方に校内で演奏会があり、友達同士でアンサンブルをしたりするという、音楽に囲まれた生活は、すべて新鮮味がある。
 私は、韓国の民族楽器であるカヤグムを演奏することができるので、そのことを生かし、韓国の伝統音楽と西洋音楽とを、双方向から関連付けた研究をしたいと思っている。自分の民族の音楽を追求することは、自分のアイデンティティーの発見にもつながるのではないだろうかと思う。
 そのために、まずは、幅広い視点と方法で音楽を学ぶことから始め、徐々に自分の進むべき道を模索していきたい。さらに、さまざまな形で音楽を愛する仲間たちと切磋琢磨しながら、自分に妥協せず、何事にも挑戦する姿勢をつねに持っていたい。


入学手続きというなかなかに得難い経験

コリーン・シュムコー(博士1年)

 楽理科に入学した時、期待や喜びが胸にこみ上げて来ると同時に、やはりどこか圧倒される感じもあった。楽理科を卒業する条件を説明するための入学オリエンテーションは助けになったが、短い時間で、様々な研究計画、奨学金の申請、授業の登録などをしなければならなったので、大変さが先に立った。書類はそれぞれ締め切りや内容などが異なり、特に自分は手続きの異なる日本の別の大学 から来た上、外国人であったため、誤解が生じやすく、慌ただしさに拍車がかかってしまいパニックに陥るのではないかと不安を感じたが、実際のところパニックに陥らずにすんだ。逆に、楽理科の先生方やクラスメートたちの暖かさを感じ、とても良い経験になったと思う。
 楽理科の先生方や事務職員の方々は単に優しいだけではなく、とても辛抱強くいつでも学生を手助けしてくださる。ミスをしないように、私は何回も指導の先生のオフィスに質問しに行ったが、指導の先生にはその度に私の質問に対する答えをゆっくりと説明して頂いた。そして、私が何をすべきかが簡単に理解できた。本当に助けになった。
 その上、クラスメートの皆さんも様々なことを助けてくれた。登録の方法や授業の内容、気をつけることについて皆さんに説明して頂いた。更に、入学の紹介パーティーの場では、先生と生徒の関係がとても深くて良いということがよく理解できた。本当に感動した。
 これらの経験から、多くの重要な提出書類があったにもかかわらず、皆様のおかげで、全ての書類を滞りなく提出でき、楽に学期を始める事ができた。本当に、楽理科の全ての人々にとても感謝している。


編集後記

 「楽楽理会通信」第11号をお届けします。予定通り、今年からデジタル版に変わりましたが、ご覧になっての感触はいかがでしょうか。ご意見やご感想をお寄せいただければ幸いです。
 本号には、楽楽理会会長と楽理科主任のほか、土田英三郎さん、森泰彦さん、細川周平さん、新会員の金香穂さん、コリーン・シュムコーさんにご寄稿いただきました。みなさま、ありがとうございました。次号(第12号)は、来年7月末発行の予定です。

発行:楽楽理会(会長・前和男)
編集:片山千佳子・塚原康子・仲辻真帆・鎌田紗弓
2013/07/24発行