第15号


楽理科からのご報告

植村 幸生(楽理科主任)

 2017年度の主任を仰せつかりました植村です。私から、ここ一年間における楽理科の動静について簡単に申し上げます。その中で最も特筆すべき大きな出来事はIMS大会の開催であったといえますが、これは別稿に譲ります。
 今年、東京藝術大学は創立130周年を迎え、学内外でさまざまなイベントが展開されています。その中には楽理科関係者の企画、運営、支援によるものも少なくありません。また130周年を機に、藝大は新たにクラウドファンディングというものに取り組みました。これはインターネットを介して、特定の事業に賛同する一般の方々からの寄付を募るというものです。これにも楽理科関係者が参加するいくつかのプロジェクトが含まれており、いずれも目標額を達成することができました。今後、大学からの研究発信にあたり、このような市民レヴェルでの協賛を得ていくという形が一般的になることが予想されます。楽理科としても、日頃の研究教育の内容および成果をより広く理解してもらう恒常的な努力が求められています。
 2016年度にはうれしいニュースがいくつも飛び込んできました。同年度に博士後期課程を修了した、ニュージーランド出身のパトリック・サヴェジさんが「音楽の文化的進化を測る:ブリティッシュ・アメリカンと日本の民謡、ポップス、古典音楽の事例を通して」により、日本学術振興会第7回(平成28年度)育志賞を受賞し、2017年3月に授賞式が行われました。本賞は優秀な若手研究者を顕彰し支援することを目的に制定されたもので、音楽学専攻からは第5回の上田泰史さんに続く二人目の受賞となります。サヴェジさんは、同じ月に平成28年東京藝術大学平山郁夫文化芸術賞もあわせて受賞しました(これも平成26年の上田さんに次ぐ二人目の受賞)。また、同じく博士後期課程に在籍する仲辻真帆さんは、評論「《優しき歌》−柴田南雄と立原道造の「時間的建築」」および演奏会評により、2016年9月に柴田南雄音楽評論賞奨励賞を受賞しました。こうした学生の受賞が本人の名誉であることはもちろん、楽理科にとっても研究教育活動の結実として、たいへん誇りに思うところです。
 音楽学部楽理科、および大学院音楽研究科音楽学分野の学科説明会は、開始からすでに10年以上を経過し、楽理科の重要な行事として定着してきました。2017年度の説明会がさきごろ終了しましたが、とりわけ学部の学科説明会(7月22日)は、オープンキャンパスの一環として行われ、100名を越える来場者の方々に楽理科の教育の特色をご紹介することができました。翌日には、福中先生と西間木先生による模擬授業、および現役学生と来場者との懇談が行われ、楽理科をより身近に感じてもらうよい機会となりました。本学全体がオープンになっていく流れの中で、楽理科の日々の活動が少しずつ、しかし着実に世に知られ、楽理科入学を志す若者の確保にもつながっていくことを期待しています。


楽理科の現状

2017年5月8日現在

講座編成

第1講座 体系的音楽学 教授(兼) 植村 幸生(主任)
    教授 福中 冬子
第2講座 西洋音楽史 教授 土田英三郎(主任)
    教授 大角 欣矢
    准教授 西間木 真
第3講座 日本・東洋音楽史 教授 塚原 康子(主任)
    教授 植村 幸生

学生数

  • 学部入学定員 23名
  • 学生総数 146名
    (学部103名、修士課程17名、博士後期課程22名、研究生4名)
  • 外国人留学生総数 10名
  学部           修士  
  学部1年 学部2年 学部3年 学部4年 学部5年 学部8年 修士1年 修士2年
総数 23 23 24 23 9 1 10 7
男子内数 2 5 8 4 1 0 3 1
女子内数 21 18 16 19 8 1 7 6
留学生内数 0 0 0 0 0 0 2 2
  博士           研究生
  博士1年 博士2年 博士3年 博士4年 博士5年 博士7年 研究生
総数 7 1 6 5 2 1 4
男子内数 4 1 1 1 1 1 2
女子内数 3 0 5 4 1 0 2
留学生内数 1 0 1 0 0 0 4

卒業生より

ギアチェンジ

片桐文子(旧姓:近藤)

 2015年末に、それまで25年近く仕事をしてきた出版社を退職し、親戚の経営する小さな出版社に移りました。出版不況といわれて久しく、本そのものの未来に疑問符がつくような状況ですが……。私自身は、本と音楽があったから人生なんとかまっとうに生きてこられた、という思いがあるので、これからも、生涯のしごとは本づくりと思い定めて、1冊1冊、価値ある本を選んで出版していきたいと思っています。
 それにしても、転職というのは一大事業でした。海外暮らしの長い友人が、「日本では転職は大変だから」とねぎらってくれましたが、そのとおり。何が大変といって「辞める」のが一苦労。長年つとめた会社を「なぜ辞めるのか」……私自身、愛着をもって大切にしてきた仕事場だったので、気持ちに折り合いをつけるのに時間がかかりました。でもそれ以上に、社内の理解を得るのが難しかった。慰留してくださるのはありがたいことでしたが……。
 何年も前から、厳しいノルマを課されてひたすら走り続けるのは心身ともにもう限界と感じていたこと、「帰って寝るだけ」で家庭のことを十分にできない暮らしにずっと疑問を感じていたこと、母が80歳を超えてサポートが必要になってきたこと……一度しかない人生で、いま何をいちばん大切にすべきか。自分を本当に大切にできるのは自分だけ。そう言い聞かせるようにして、「人生のギアチェンジ」を決断しました。
 人の一生は山あり谷あり、その時々の局面に合わせて、フレキシブルな勤務が認められる職場であってほしい、そして、自分のスキルや生活状況に合わせて、転職を容易に(あたりまえに)できる社会であってほしい。個人の能力・スキル、人間性を生かそうとするなら……そして「生産性」だけを尺度にするのではなく、人間の幸福、心豊かな暮らしを目標にするなら……そのような社会にシフトしていくのは当然と思うのですが。でもどうやら、変革は容易ではなさそうです。
 新しい会社では、これまで手がけてこなかったジャンルの本も扱うことになり、編集以外の業務全般にも目配りすることになりました。やることはいくらでもあるという状態で、時間のやりくりに苦心していますが、以前とちがって、疲弊はしていません。やはり、未知へのチャレンジは楽しい。困ったな、どうしようと考えあぐねることも、一つのプロセスとして楽しんでいます。
 「そんな甘い考えではいけない、仕事というものは苦しいものだ」、と言われそうですが、そういう「常識」は疑ってかかったほうがいい、というのが、25年の会社員生活で学んだこと。ワーク・ライフ・バランスとよく言うけれど、ワークのためにライフを犠牲にしている現状があるから、そんな言葉も生まれてくる。ライフもワークも一つのライフ、どちらも大切、どちらが欠けても成り立たない。楽あれば苦あり、苦もまた楽、すべてをしっかり味わって心豊かに生きていきたい、と思うこのごろです。