第18号

卒業生より

日本に「エール」を!

齋藤 諒介

 みなさん、NHK朝の連続テレビ小説「エール」をご覧になっていますでしょうか…?

 突然何を問うのか、と思われるかもしれませんが、「エール」劇中で主人公・古山裕一が専属作曲家として契約している会社「コロンブス・レコード」は、わたしが現在勤務している日本コロムビアがモデルとなっています。本来なら東京オリンピックが開催される2020年に、前回の東京オリンピック(1964年)の行進曲《オリンピック・マーチ》を書いた古関裕而をモデルにした朝ドラを放送する、というのが想定されたシナリオだったと思われますが、コロナ禍で五輪は延期。しかしながらこのコロナ禍で沈む日本に、この朝ドラ、そして古関裕而の応援歌はまさに「エール」となっているように思います。まだご覧になっていない方は、ぜひご覧ください。いち社員として拝見しておりますが、とても面白いです。

 そんな日々朝ドラを楽しみにしているわたしの芸大在学時の研究テーマは「昭和歌謡」、特に「アイドル歌謡」。楽理科にしては少々異質なテーマですが、そのテーマで研究演奏会に企画も出しておりました。レコード業界に興味を持ち、音楽ディレクターになりたいと思ったのは、この研究演奏会での企画があったからといっても過言ではありません。卒業論文のテーマはソニー・ミュージック(当時はCBS・ソニー)からレコードを出していた「山口百恵」。当然、就活の際はそのことを前面に出しソニーを受けていたのですが、残念ながら不採用。紆余曲折を経て、いくつかのレコード会社を受けるなかで、日本コロムビアに入社しました。不思議な繋がりはあるもので、現在わたしが所属する特販と呼ばれる部署はわたしの得意とする歌謡曲を主に商材として扱っており、かなり間接的ではありますが山口百恵も扱っています。めぐり合わせというのはあるのだなと思ったものです。

 日本コロムビアは「日本最古」を謳うだけあり(今年で創立110周年!)、幅広いジャンルの様々な録音を保有しています。美空ひばりを筆頭に演歌・歌謡曲、鉄腕アトムなどのアニソン、ロック、アイドル、童謡・唱歌、クラシック、伝統邦楽。明治以降の日本の商業音楽の歴史そのものといえるくらいに豊富な音があります。時代の潮流に乗った、あるいは時代を先取った音楽を生み出していくこともレコード会社としては重要ですが、先人たちが残した様々な音楽をより多くの人に届け、さらに次世代へと引き継ぐこともまたレコード会社に勤める人間の役目だと思っています。

 コロナ禍もあり、一層多様化が進むエンタメ業界。その状況は依然厳しいです。音楽で多くの皆さんに元気や癒しを届けられるように、あるいは音楽で人々に寄り添うことができるように、レコード会社に身を置くものとして様々動いていけたらと思っています。いつか、思い切り音楽を楽しめる日が戻ることを信じて。


世界中を飛ぶ秘訣

酒井 絵美

 学部5年、修士3年、演奏藝術センター助手を3年。11年間の藝大生活に終止符を打ち、フリーのヴァイオリン奏者として2年目になる今年も、民族音楽関係のライブ活動やドラマ・CMのレコーディングで忙しく過ごすはずだった。しかし、この度のコロナ騒動で3月以降のライブはすべてキャンセル、録音の仕事も消えた。

 外出自粛で家に籠もるようになった4月以降は、ここ数年のフィールドワークを形にすべく、楽理科時代に戻ったような気持ちでパソコンに向かっている。具体的には、ノルウェーの伝統楽器ハーディングフェーレの解説書付き入門CDを作ること、東アラブ地域の1900年代初頭から現在までのヴァイオリン録音を整理して論文にすることを目指している。作業をしながら思い出すのは、今まで訪れた国々のことである。

 入学後最初の旅先は、ケルト音楽研究部に所属する楽理科の同級生と行ったアイルランド。演奏が盛んだと聞いたパブに楽器を持って乗り込み、セッションで大いに盛り上がった相手が有名な奏者だったと気づいたのは帰国後のことだった。その時のメンバーとは今も一緒に「きゃめる」というユニットで演奏活動をしており、この経験以来海外には必ずヴァイオリンを持参するようになった。

 世界各地のヴァイオリンを演奏し研究するというテーマに向かうきっかけとなったのは、大学4年で行ったエジプトだった。微分音を出せ幅広い表現ができるヴァイオリンはアラブ全域で古典楽器として根付いているということを知り、修士課程ではアラブの古典ヴァイオリン奏法に取り組むべく、レバノンでウード奏者の家に滞在してアントニン大学の学長からヴァイオリンを習った。

 修士論文を書きあげた頃、共鳴弦が張ってあるヴァイオリンに似た楽器ということでずっと気になっていたハーディングフェーレを学ぶチャンスが巡ってきた。ハーディングフェーレ国際マスタークラスに参加して以来毎年ノルウェーを訪れ、短い北欧の夏を目一杯楽しもうと日光浴をする現地の人を片目に、私は日傘をさしてレッスンに通い、民俗博物館でアーカイブ録音を聴き漁っている。

 昨年訪れたマイアミでは、ベネズエラから移民してきた伝統楽器クアトロ奏者の家に宿泊し、ベネズエラのヴァイオリン奏法を学んできた。移民は得てして母国を大切に思う気持ちから祖国の人以上に古くからのものを受け継ぐ傾向にあるが、母国の言語や食事、音楽を大切にしながら生活する移民の姿を直接目にすることとなった。

 ケルトにアラブ、北欧、南米と様々な地域を研究対象としているが、どの土地に行っても音楽家として受け入れてもらえるのは、音楽の基礎力に加え、音楽民族学概説や音楽民族学演習をはじめとした楽理科での幅広い学びが基礎となっているからだろう。一方、楽理科で学んだことが実態として理解されるのはフィールドワーク先であり、現地で体感したものもまた、今私が演奏者や研究者として活動するすべての基礎になっている。このふたつを両輪として、今後も演奏と研究を続けていきたい。